「彼はデザインのセンスがあるねえ。」
この褒め言葉、あなたも1度は聞いたことがあるのでは？もしくはあなた自身が言ったこともあるのでは？
100%好意を示す褒め言葉であり、他意はないことは十分承知しているんだけど、この短い言葉には、デザインに対する誤解の可能性が見て取れて、少しモヤッとする気持ちがあるので、それを今回は言語化してみる話だ。
結論、「デザインのセンスがある」と言う言葉を発する裏には、デザインとアートの区別がついていないという背景があると考えるのではないだろうか。
センスという言葉を「先天的才能」という意味で使っているのであれば、「センスは生まれ持った才能＋後天的な努力の総和なんだよ」とツッコミを入れたい。
また、センスという言葉を「感性」という意味で使っているのであれば、「デザインは感性でするものではない」とツッコミを入れたい。
なんか嫌なやつだと思ったらすみません。だけど、重要なことなんです。
デザインとアートをしっかり言語化して区別して考えることは、あなたのビジネスの成功や、QOLアップにも間接的に繋がっていく話なので、ぜひ太字のところだけでも読んでいってほしい。
デザインとは課題解決、アートとは自己表現のこと
簡潔に言えば、デザインは課題解決、アートは自己表現だ。
デザインとは課題解決のことである
デザインとは、特定の目的や課題を解決することを指す。グラフィックデザインの例でいえば、伝えたい情報や意図を、受け手に正確かつ魅力的に届けることが目的であり、視覚的な美しさも「機能の一部」として計算されている。デザインでは受け手の理解・行動・感情の変化が成果指標となり、合理性や結果が重視される。
グラフィックデザイン（見た目を整えること）だけがデザインではない。ビジネスの現場で行われていることは、すべてデザインなのだ。仕事ではいつも、何かの問題を見つけ、それをどうやって良くするかを考え、限られた時間やお金の中で工夫して形にしていく。これはまさにデザインの考え方そのものだ。
たとえば、わかりやすい資料を作ることも、チームが動きやすい仕組みを考えることも、デザイン（課題解決）。人に伝わるようにまとめたり、使いやすくなるように工夫したりする行為は、すべて「より良くするための設計」だからだ。
アートとは自己表現のことである
一方で、アートは「自己表現」の手段として存在する。アートの目的は、作者の内面や感情、思想、世界観を形にすることにあるのだ。そこには明確な答えや機能性は求められず、見る人の解釈によって価値が変化する。つまり、アートでは個人の自由が最大限に尊重され、意味よりも「感じること」に重きが置かれる。
したがって、アートは「なぜ作るか」が根底にあり、デザインは「何のために作るか」が出発点になる。アートが個人の内面から湧き出す表現であるのに対し、デザインは社会や市場との関係性の中で成立する実践である。どちらも創造行為なのだが、アートは自由の象徴、デザインは秩序の象徴とも言い換えることができる。
ただし、デザインとアートの交わりは存在する
アートとデザインは本来異なる目的を持つが、現実の創作の現場では両者が交わる領域が存在する。簡潔に言えば、「アートによるデザイン」と「デザインによるアート」が存在するという話だ。
アートによるデザイン
「アートによるデザイン」とは、情緒に訴える発想や感性を通して、デザイン（課題解決）を成す行為を指す。たとえば、アップル社の製品デザインがその典型。iPhoneやMacBookのデザインは、単なる機能美を超えて、情緒的な体験を世界中の人々に提供している。
それはジョナサン・アイブが自身の美意識と思想を、使いやすい情報端末の製造という課題解決で表現している、まさしく「アートによるデザイン」なのだ。その結果生み出されたApple製品には、デザインの目的である機能性の中に、アートの自由な精神と美的探求が組み込まれているわけだ。
デザインによるアート
一方で、「デザインによるアート」は課題解決の過程や結果に、自己表現が伴うことを指す。本来、デザインは目的達成のための手段だが、その過程や結果において、デザイナー自身の思想やアイデンティティが強く現れる場合、それはアートと呼べることになる。
たとえば、佐藤可士和のブランディングデザインがそれに当たる。彼は企業ロゴや空間設計を通じて「機能的な整理」を行うが、その背後には「秩序と明快さ」という彼自身の信念が一貫して存在する。結果として、彼のデザインは単なる課題解決を超え、自己表現としてのアートの領域に踏み込んでいる。
彼ほどの著名なデザイナーでなくとも、もっと単純に、「私はデザインによって社会を良くしている」というアイデンティティが芽生えていれば、それはすなわち「課題解決による自己表現」だと言えるわけだ。
つまり「デザインによるアート」とは、デザイナーが課題解決という枠組みの中で、自らの哲学や感性を可視化し、作品として自己を表現することを意味する。
このように、アートによるデザインが「美によって世界を機能させる」行為だとすれば、デザインによるアートは「機能によって自分を語る」行為であり、それは、「アートによるデザイン」、「デザインによるアート」が存在することを証明している。
なぜデザインとアートの違いへの理解不足が生まれるのか
確かにここまで述べたとおり、デザインとアートのどちらに属するのか曖昧なものも世の中には存在する。しかし、そもそもデザインとアートの線引きがあることすら知らない、または誤解している大人が非常に多いのが現状だ。
学校教育においてデザインとアートの違いが明確に教えられていない
デザインとアートの違いへの理解不足は、学校教育の影響が生んでいると考えている。
デザインとアートがグラフィックで表現するものに限らないという話をしたところだが、日本人の人生では、図画工作という形で最初に接点を持つ。よって、この図画工作や、中学以降の美術や技術の授業でどう教育されるかというのは、デザインやアートに対する理解に大きく関わる。
幼い頃は「自分の思うままに」クレヨンや色鉛筆で自由にお絵描きをする「アート」をすることで、人格形成や脳の発達が促進されるため、幼児期にアートをやることは非常に合理的だと考える。そこに疑義はない。
問題は、小学校以降の教育だ。
現行の学習指導要領では、小学校の図画工作や中学校の美術において「アート」と「デザイン」を明確に区別して教える構成にはなっていない。
単純な話として、自分の学校時代、先生が授業で「アート」と「デザイン」という言葉を明確に使用し、言葉で理解するよう促された記憶はない。おそらくしていないだろうし、先生自身も理解していないのかもしれない。
アートもデザインも、やらせてはもらっていた。しかしそれらを言語化して区別・理解するようには教育されなかった。
「好きなように描いてね（作ってね）」と指示された授業は、軒並みアートの授業と言っていいだろう。一方で、「人権ポスターを描きましょう」などといった授業はデザインの授業と言っていい。ポスターを見た人に「人権を守る」という行動変容を促すという、課題解決をする練習をさせてもらっていたのだから。
しかし、あれだけ多くの授業時間を使って教育してくれたのにも関わらず、それがアート（自己表現）なのか、デザイン（課題解決）なのか、区別し理解するようには教えてもらえなかった。すごくもったいないと感じる。
デザインとアートを分けて理解し、実践することが大事
ビジネスはデザインなので、合理的説明を大事にしよう
ビジネス現場で働く中で特に多い過ちが、デザイン（課題解決）に不必要なアート精神を持ち込んでしまうことだ。「アートによるデザイン」は存在するという話をApple社の製品開発の例を交えて説明したところだが、これは非常に難易度が高く、僕含めて凡人には、なかなか成功させられるパフォーマンスではない。
前提に、圧倒的なデザイン力と、圧倒的な信頼獲得があってこそ可能になる。まずは、自己表現が介在しない、純粋なデザインができるよう、スキルアップするべき。自分の色を出すのは、その先のこと。
デザイン（課題解決）は合理性によって成される。合理的理由を説明できないのであれば、それはデザインではない。チラシ作成でも、報告文書作成でも、どんな業務でも同じことが言える。
「チラシの背景色はなぜ青なのか」、「報告文になぜこの表現を入れているのか」、全て「好きだから」や「何となく」ではなく、はっきり説明できないといけない。
チラシなら、「これはIT業界のスマートさをイメージするための青です」、報告文書なら、「今後の予算の意思決定に必要な情報だからです」などと明快に説明できることを積み上げるのが、課題解決（デザイン）なのだ。
一言でまとめると、仕事でデザインをしているつもりで、無意識や怠惰によってアートになっていないか、気をつけようということ。
QOLを上げるためには、デザインとアートの両方が必要
デザインとアートの両方をバランスよくできる人は、仕事にも人生にも強くなり、高いQOLを得ることができる。
仕事ではデザイン（課題解決）の力が求められる。状況を整理し、目的を見極め、最適な方法で結果を出す力。それがビジネスの現場で生きるデザイン思考だ。会議の進め方、資料の構成、人の動かし方。すべては「どうすればうまくいくか」を設計する行為であり、仕事の成果を決める中核になる。
特に文章力はデザインの根本を支える能力だと言っていい。
一方で、自己理解や「自分はどうありたいのか」と向き合うときには、アートの力が必要になる。正解のない問いに対して、自分の内側から答えを探す。そのプロセスこそがアートであり、混乱や不安を整理し、心のバランスを取り戻すことができるのだ。誰かに見せるためではなく、自分を知るために描く。そんなアートが、メンタルを支える土台になる。
ブレインダンプがまさにこの典型例だ。
つまり、キャリアやスキルを磨いて成果を上げたいならデザイン。自分の軸を見つめ直し、心を整えたいならアート。どちらも人生の質（QOL）を大きく左右する力であり、この二つを行き来できる人ほど、仕事にも人生にも強くなる。
